
「松方デフレ」とは何ですか?
おじいちゃん 「松方デフレ」ってやっぱり美味しいのかい??
経子 いえ、おじいちゃん・・・鳩サブレーの仲間じゃないです・・・ 1881年(明治14年)に「松方正義」さんが行ったインフレ対策が、デフレを招いてしまい、経済が大混乱した時代があったんだです。
おじいちゃん 鳩サブレーの値段もさがったんじゃの?
経子 いえいえ・・・(まいったな~^^)鳩サブレーは明治30年に開発されたので、まだ発売されてないです。先代が、鎌倉にいた外人さんにお菓子をもらったそうです。食べたらすっごく美味かった^0^自分も試しに作ってみて、ヨーロッパに帰る船員さんに試食をしてもらったそうです。そしたら「サブレー」の味そっくりだと言われたのです。鶴岡八幡宮にいる鳩を形どり、できたのが鳩サブレーです。
おじいちゃん ・・・・・(苦笑い)「で、松方デフレってなんじゃい?」
経子 あ~い♪ このデフレは1877年の西南戦争がきっかけで起こりました。
江戸時代に優遇されていた地位の高い武士が、明治に入り「士族」と名前を変え、政府から手当てをもらっていました。(明治維新で貢献した人にも与えられていました) しかし、この出費が予算の30パーセント以上を占め、財政を苦しめていたのです。そこで、1871年に「四民平等」を掲げ「士族」の地位を低下させます。
さらに、1876年にこの手当てを廃止し、財政健全化を目指すのでした。当然、「士族」は黙っていません。各地で反乱を起こすのでした。
一方、西郷隆盛は役職に就いていましたが、朝鮮の開国を巡り岩倉具視らと意見が対立した結果、下野(民間人に戻る事)したのです。(鹿児島に帰り私学を開きます)そして、西郷隆盛が士族を率いて、政府と戦争を起こすのでした。
この戦争で政府が拠出した戦費が半端じゃありません。なんと4200万円です。税収が4800万円だった時代でしたので、とてつもなく負担になってしまいました。(ちなみに西郷の軍資金は100万円でした)
政府は困り果てます。「戦争でたくさんお金が必要だが、どうやって資金を調達すればいいのだろうか?」そこで、1500万円を借金でまかない、残りの2700万円分のお金を新たに印刷して対応したのです。
このお金は戦争に行った兵隊さんのお給料になり、小金持ちになった兵隊さんは、お店などで沢山買い物をしてくれるのでした。物の数には限りがありますので、買いたい人が増えてくると、売主は儲けるために商品の価格を引き上げます。そして、商品の価格が全体的に上がってしまう(インフレーション)のでした。
当時の大蔵卿(大蔵大臣)だった大隈重信はどのような経済政策をとったのでしょうか?
続きはこちらです
松方デフレとは何ですか?①
松方デフレとは何ですか?②
松方デフレとは何ですか?③
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